神話と実話-9-

IMG_0530 (2).jpg
神話と実話-9-
<卑弥呼のこと>
超有名な古代のヒトで<卑弥呼>という女子がいます。でも、この卑弥呼という女子が、実在したのかどうかは定かでないようです。また、実在したとしても男子だったのかも知れないし女子だったのかも知れない、といわれています。纏向に箸墓古墳があって、この古墳は卑弥呼の墓だ、という説があるけど、宮内庁が定めるところでは「大市墓」として第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命(やまととももそひめのみこと)の墓に治定されています。この倭迹迹日百襲姫命が卑弥呼だとする説もあるのでしょうか。百襲姫(ももそひめ)と略称で書きますが、この姫は見るなと言われていた夫の姿を見て、夫は蛇、驚いて転んで陰部に箸が刺さって死んだ、とされる伝説のヒトなのですね。それで箸墓という名の古墳だというのです。ところで卑弥呼という名前は、古事記や日本書紀にはどこにも出てこないといいます。古事記と日本書紀が日本の歴史の底本になっているようですが、そこには卑弥呼という名前が出てこないというのです。どういうことなのでしょうか、ぼくにはその奥がわからないから、戸惑うわけです。魏志倭人伝という中国の書物のなかに卑弥呼という名があるといいます。これは史実としての記載ですが、そんぼ史実のなかの卑弥呼が、どういう存在だったのか不明瞭なところですね。


雑感241009

800byakko1983syo0038.JPG
1982年だったと思いますが、白虎社のショーがあって、撮影にはいりました。
荒木さんが来ていて、稽古場でのショーでした。
そのころぼくは釜ヶ崎の取材と白虎社の取材と、並行して撮影していました。
1984年に撮影をやめ、フォトハウスのワークショップに専念します。
雑誌は、映像情報の編集発行、季刊釜ヶ崎の編集発行、文筆もやりました。

そのころの話しは、自分の中で封印していましたけど、封を解こうかなぁ。
でもいまさらなぁ、という思いもあるし、残しておこうか、との思いもあります。
写真はブログにアップしてあって、公開しているところです。
自分の文章で評論を起こすというのも、いまさら、どうしようかなぁ。
あと何年生きられるのかわからないけど、雑文程度なら残せるかなぁ。

posted by shigeo at 11:44Comment(0)雑感

雑感241008

IMG_8519.JPG
東松照明さんが撮られた1953年の内灘、これが記録として残されています。
詳細は書きませんが、石川県内灘砂丘に米軍の試射場ができた。
それに反対する地元の人たちの座り込みの記録です。
1951年は日米講和条約が締結された年で、日本の占領が解かれた年。
それから35年後、1976年に内灘へ行って写真を撮ったのでした。
PICT2314.JPG
posted by shigeo at 10:43Comment(0)雑感

雑感241007

120ibara1606010007.jpg
挽歌って小説を読んだのはたしか1970年代になってからだったと記憶しています。
とっても心打たれた小説だった記憶がよみがえります。
原田康子さん、小説家さん、ぼくが憧れた小説家、その作家さん。
文学部に入って、近現代日本文学を専攻して、文学全集を漁り読みました。
明治、大正、昭和、現代作家さんの作品をもたくさん読みました。

どうしたことか、古本屋さんで「挽歌」をみつけて、読んで、感動しました。
ルンルン気分になったような気がします、好きになった彼女に渡しました。
それらから45年ほど経ちましたけど、鮮明な記憶です。
でも、もう、過去だし、連絡はとらないでおこうと思います。
釜ヶ崎取材していたころの出来事なので、遠い過去になります。
posted by shigeo at 11:08Comment(0)雑感

神話と実話-8-

IMG_1104.JPG
神話と実話-8-
<崇神天皇>
崇神天皇という人物がいて、この人物は現在第十代天皇とされています。実在した可能性のある最初の天皇ではないかとされています。初代は神武天皇、そのあと二代目から九代目を欠史八代といわれていて、実在しなかったのではないかとされているんです。そしたら初代の神武天皇は実在したのかどうかというと、実在してないとぼくは思っています。ということは神話のなかの人物で、崇神天皇以後が実在の人物と考えていいのだろうと思います。崇神天皇は日本書紀では、御間城入彦五十瓊殖天皇(みまきいりびこいにえのすめらみこと)と表記されている人物で、一節にはこの人物が卑弥呼だとも、神武天皇だとも言われているようです。ぼくには細かな知識はわかりませんが、どうも三世紀の纏向時代に生きた人物のようなのです。なんだか、わからないことだらけで、ぼくのなかで混沌としているところです。いっぱい説があって、その説を説明することで知ったように思うことではなくて、こころで受けとめることで自分のこころのルーツを探る旅なのです。

ここの表題は<神話と実話>としているけれど、<不在と実在>という表記の方が理にかなっているのかなぁ、とも思っています。でもぼくの心情としては、いまは神話と実話かなぁ。神話を認めようと思っているんです。空想の領域だと思うけど、人間社会には神話の領域が必要なんだろうな、と思えています。仏さんの世界は神話とは言わないのか知れないけど、仏教のあの世なんてのも空想の世界というか作り話だと思えます。でも、あの世があるという思い方は、ヒトのこころを安定させる枠になるようにも思います。神さま、仏さま、具体的な名前がいっぱいあって、総称して神さま仏さまですが、神仏習合ということが1300年ほど前に宇佐神宮から生まれたと記されています。神さんと仏さんが一体になる思想なんですね。本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)という説が平安時代に生まれたと記されています。


雑感241005

IMG_8004.JPG
1969年1月18日撮影とある記録写真、これを見てぼくの記憶を辿っています。
この日はまだ京都にいて、学生しながら出版社で仕事をしていました。
まだキナ臭い匂いがする安田講堂の前に佇んだのはそれからすぐあとでした。
そのころ京都から東京の出版社に行かせてもらって、営業の仕事をしました。
営業といっても配本係で、取次店への納品が主でした。

10.21の日には、お昼間、ライトバンに乗って神田の取次店へ配本してました。
各所に機動隊が待機していて、ものものしい警戒されていた中での仕事でした。
その夜は、ベ平連のデモに参加して、夜の水道橋まで歩きました。
なんだか、そんな時代を思い出しながら、新内閣の動向をみています。
時代が変わった、といいながらも、キナ臭い日々が続く世の中ですね。

posted by shigeo at 12:00Comment(0)雑感

雑感241004

20241002_135659.jpg
北野天満宮のずいき祭りが10月1日に始まりました。
その御旅所には、ずいき御輿が奉納されか飾られています。
収穫した野菜類で制作された御輿で、5日には市中を巡行されます。
ぼくは氏子でないから、単なる見物者です。
天満宮の神輿行列とは別に、町衆が奉納する野菜御輿なわけです。

posted by shigeo at 10:41Comment(0)雑感

雑感241001

IMG_8353.JPG
なにを書こうかなぁ、と迷い迷い、自分の資料をひらけたら、いろいろな資料が出てきました。どこでコピーしたものか、高橋和巳さんが載った一枚が見つかったので、躊躇しながら、ここに露わにしてみました。もう半世紀以上も前に彼の著作を読んで、傾斜していった作家さんです。文学のことを研究したい、小説を書いていきたい、そんなことを思っていた年代、20代だったです。それから忙しい社会人を務めてきて、いまほぼ自由に自分の時間をもつことが出来るようになって、最後に向かっている最中です。

高橋和巳さんは中国文学に詳しいんですね、ぼくはまったくの門外漢なので、詳しいこと分かりませんけど、日本思想の源流あたりに中国からの思想が混在しているのかも知れません。最近、日本の古代についていろいろ見聞しているところで、日本人のルーツを探している感じで、いろいろイメージを膨らませているところです。たとえば卑弥呼の時代、神話の時代、日本の源流、権力の構造とか、いつのころか天皇ということになり、この名称がいまも続いているというのが事実で、時の権力がかわっても、天皇という名称は変わっていないんですね。

posted by shigeo at 11:13Comment(0)雑感